リア充、ネットの洗礼を受ける

最近は、冷蔵庫に入ったり食材の中で寝転がったり、炎上業界をにぎわす若者が多いね。
パーナさん事件も含め、『夏だねぇ』と思ってしまう。※ 夏は暇になった若い人がネットでも現実でもはっちゃけてしまう。

ちょっと前のテラ牛丼とか、Gブリを揚げた事件とか、定期的ににぎわすリア充炎上。
最近はスマホというどこでも情報発信ツールが普及して、Twitterなどより拡散しやすいサービスも増えたため目につく確率が増えたんだろうね。

以前に、虚構新聞に釣られる人の話パーナさんの話 を書いたけれど
それらは、発信者に共感できるかどうかで話を信じてしまう人の事を書いた。

炎上しやすい視野狭窄な若者は、発信者と受信者という違いはあれども共感できるかどうかだけでしか
インターネットを使っていないのだろう。

ネットは情報を交換したり、仕入れたり、発信するツールという認識が薄い(もしくは皆無)である人が老若男女問わず居る。
そういう人が無警戒にデマを信じたり、炎上してしまったりするのだろう。
今回炎上をした人は若者ばかりだけれども、かねがねデジタルデバイスに精通しているのは若い層が多いからであって、もし老人で使いこなせるがリテラシーが低い人がいれば同じくらい炎上しているだろう。
もっとも、若い人とは違い比較的分別は付くであろうから、冷蔵庫に入るという寒いことはしない。
けれども、クレーマー自慢とかで要らぬ炎上を起こしている中年以上の人だってまあまあいる。

ネットを共感したい(させたい)だけのコミュニケーションツールとしてしか使っていない人は
自分の発信した記事やツイートが情報として伝播していくというのは中々想像がつかないのかもしれない。

情報を受け取っても、「怖い」「面白い」「感動した」などの感情的な理解でしか受け取らず、
その情報に含まれる、感情を抜きにした「何が起こってどのような状況なのか」という理性的なものは重要視しない。
そうやって怖いとか面白いとかだけでデマを信じて、伝播させる。

おなじように自分が発信する情報について、「面白いと思って」「俺ってやべー」、というような感情的な部分しか見ないで、
理性的な「冷蔵庫に入って衛生的に問題があり、見る人にとっては問題視する」という感情を抜きにした見方はしない。

共感というキーワードを何度もつかっているが、
共感というと相手と自分の心が通じているように思えるが、結局は僕と君との間での共感でしかなく、
全くの他人については視野に入っていないという意味では他者性のないコミュニケーションである。

これは閉鎖されたムラ社会に似ている。
物理的な距離はネットにより取り払われたのにも関わらず、精神的には外の物を受け付けず
内輪の共感と価値観だけにより固まる傾向がある人がいる。

むしろ似たような人が全国から集まる分濃度は増すのかもしれない。
「不謹慎だなんだぁ」だけで騒いだり、団結や絆について批判するものを非国民かのようにレッテルをはったりと、
感情だけを優先にしてしまう。
そこには私と共感してくれる貴方達しかおらず、本来価値が違う人はあってはならないという事になっている。
ムラ社会のように村八分にしたり、反対に批判から目をそらしてしまう。

醸成された内輪だけの空気が外に漏れているということも気づかず、共感してくれる人にだけ発信をしているつもりが拡散炎上をしてしまう。

他者性が欠如した共感力だけ研ぎ澄まされた人はネットを使うには注意が必要だ。(が彼らはこんなブログを見に来ることはない)

と、書いてみたが内容はコンビニ店長さんの考えに近いな。

学歴がどうこうは分からないが、人の話を聞かないで、無知を恥と思わない人たちはいるしもしかしたらネットユーザの大半はそれかもしれない 。

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