差別の根源は、隠すこと見えなくさせること

 

小4での色覚検査、中止から10年 異常知らず進路選択、トラブルも+(1/3ページ) – MSN産経ニュース

こんなことになっているなんて知らなかった。
差別に配慮して検査義務化を撤廃したと書かれているが、どのような人たちが影響してこの決定になったのだろうか。

差別を無くそうとするときに、差別対象になる属性を隠そうとする方に努力をする人たちがいるけれども
それは誤った努力の仕方だ。

色覚異常は治療方法もなく、それが発覚したことで人と違うレッテルが貼られるかもしれないが、
それを隠そうと大人たちがしたら、子供たちは色覚異常は隠されるべき異常なことだと認識してしまうだろう。

隠されるべきことにされてしまえば、発覚した時により多くの誤解と共に忌避されるようになる。
事を大きくさせてしまっているわけだ。

つまり差別につながると言ってしまうと、そこから差別が醸成されてしまう危険がある。
そして差別撤廃を叫んでいる人々の憐憫の眼差しこそ差別だ。

色覚異常によるいじめが現実問題深刻である可能性もある。
その事実があるからこそ、差別撤廃の名のもとに検査の義務化がなくなったのだろう。
だが、だからといって検査の義務化をやめるというのは他のダメージも大きいと気づかなかったのだろうか?

検査結果の通知を本人と家族以外に知らされないようにするとか、まだまだ方法があっただろうに。

この検査がそもそも義務化されたということは必要性が有ったからでしょう。
治療法はないにしても、今後の生活の仕方で気をつけることとか知らなければならないことは沢山あるでしょう。
それらをすべて無しにして義務化撤廃にするというのは、天秤のかけ方を間違っているとしか思えない。

差別をなくすためには、理解することが必要だ。
どのように暮らしで気をつけるか、どのように配慮をしなければいけないのかを教えないことには差別はなくならない。・

 

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