「落選した人の気持ちを考えろ!」嵐ライブツアーのチケット当選者の報告ツイートに、ファンから非難殺到中 – NAVER まとめ
パーナさん事件に続いて、またジャニーズファンがTwitterで話題になっている。
当選した人の喜びのツイートに対して、「落ちた人の気持も考えて」という事をいうファンが多いらしい。
落選した人の怨嗟が集まって当選した人が炎上しているらしいけれど、第三者側からすれば炎上した人に同情する。
ちょっと前に話題になった、繊細チンピラという部類の人たちだろうか。
誰のための気持ちか
こういうナイーブな出来事があった時に「○○した人の気持を考えろ」という人が現れるが、この言い方は卑怯だ。
「○○した人」と一般化しているが、つまるところ「当選しなかった私」の気持ちを考えて欲しいという事だろう。
ジェラシーとか自分が不遇に扱われている気持ちは誰もが持ちうる感情だけれども、それを一般化させてあたかも常識のように吹聴するというのはいかがなものか。
自分の弱さを宣伝しているようなものだ。
内定をとったら落ちた人も居る。
結婚した人もいれば、結婚できない人も居る。
出産した人もいれば、大切な人を失った人もいる。
世の中には幸福と感じる人と同じくらい不幸を感じている人がいるわけで、不幸な人を配慮して幸福な気持ちを表現することを抑えていれば世の中は暗くなってしまう。
もちろんそれにはTPOはある。
葬式で楽しい気持ちを表現したりすることは許されない。
結婚式で失恋の悲しさを語ってはならない。
それは限定された空間の有るべき姿を守る必要はあるわけだ。
葬式の主役は遺族だし、結婚式の主役は新郎新婦でそれらの人々を尊重しなければならない。
だがTwitterやネットというのは公共の場だし、自分たちはどのような気持ちを発信しても構わないはずである。
人の気持をいたずらに煽るようなツイートでもなく、自分の幸福な気持ちを表現しただけで、その自由はあるはずだ。
例えば、落選の気持ちをとうとうと語る掲示板に当選者が現れてただ自慢をするような場合ならば、それは掲示板のルールを侵害しているが
今回はそういう場合には含まれない。
ただ自分の喜びをツイートしただけなのだから
この落選者の主張が通るならば、TwitterやFB,ブログでは一切結婚報告や就職報告なんてできなくなる。
自分の気持ちを強制させる暴力
○○した人と一般化しているが、つまるところ「可哀想な私」という事だと言ったが、
その気持ちを考えろという事は、「喜ばず自分のようになってほしい」という事だ。
だが、○○した人という規模がわからない一般概念のような物を持ちだされてしまっては、そうクレームを受けた人は黙らずを得なくなる。
人の気持ちを考えろという事を教育されていた人がほとんどだろうし、大概の場合それは正しい。
その「慮る正義」を拡大解釈をして、かつ恣意的に配慮されるべき人を作り上げて人に強制させる行為は乱暴すぎる。
正しさを振りかざして思想統制をするかのようなものだ。
戦争は不正義だ。平和は正義だ。軍事は悪だから軍事についての賛成意見は慎むべきだ。というような言論統制に似ている。
人を慮ることは正しいことは正しい。だがそれによってすべての意見や主張や気持ちを表現することを抑制させようというのは正しさの濫用だ。