みんなはWindowsを捨ててUbuntuを使っているか?
Ubuntuは素晴らしい。
直観的な操作と、コマンドラインを使用しないライトユーザーもストレスを感じさせない設計。
最新の技術を安定と共に提供する。
でも、どこか飽きてしまう。
すべてが揃いすぎていて、Windowsを逃げ出して自由を手に入れた先が似たようなものだった感じだ。
もちろんWindowsよりは自由だけれども、もっと楽しくOSを使ってみたい。
そんな僕が出会ったのが今ノートパソコンで使っているArch Linuxだ。
シンプルで無駄がない
Ubuntuははじめから何もかもが揃っている。
それはそれで便利なのだけれども、そのために動作が重くなったり、画面がゴチャゴチャとしてしまっては
Windowsを使っていた頃に感じていたストレスと同じように感じる。
Arch Linuxははじめから揃っているものはOSとしての最低限のものだけ。
GUIもない。
だが、それがいい。
他のディストロではじめから入っているデスクトップ環境は自分の好みじゃないかもしれない。
でもArchならば自分で選んだ物を入れることができる。
IMEだってブラウザだって自分から入れられるし、はじめから使わないような無駄なものは無い。
Gentooのようにソースからコンパイルすることはないので、自分の環境に最適化されたアプリを使うと言うまでは行かないが、
むしろそれがお手軽感を出している。
毎日常に最新である
Ubuntuはまあまあ新しいほうだ。
でも半年の一回のリリースで最新に変わる。
それでも若干最新ではない。
まあカーネルバージョンなんて末端のユーザーにとってはどうでもいいことだ。
だがChromiumが28とか普段使いするようなアプリも古いものが結構あったりする。
まあ、その程度の古さは目をつぶるとしよう。
だが、半年のリリースがめんどくさいとUbuntuを脱しようとDebianに行くと、更にアプリは古くなっている。
最新を追いたいし、かと言ってリリース間隔が短いのも嫌だ。
最新もいいけれど…公式リポジトリに公開されているアプリ数が少ないのも絶対嫌だ。
そんなわがままなユーザーの願いをArchは叶えてくれる。
Debian不安定版を使うのもいい。
Archはそれよりも最新だ。
そして、アプリ数も多い。
公式のものもあればユーザーが公開しているものも、pacmanやyaourtを使えば簡単にインストールが可能だ。
そしてローリングリリースモデルは、バージョンアップをしない。
毎日のアップデートで常に最新になる。
毎月インストールメディアは更新されているが、それはその時に最新だった状態をCDにしただけで、明確なバージョンはなく
毎日が最新のバージョンになっているといえる。
煩わしいバージョンアップもなく常に最新で新しいアプリが使える。
見通しが良い
最初はほとんどなにも入っていないので、起動時のエラーや警告も少ない。
もしあとからなにかをインストールしたあとに警告やエラーが発生しても、問題の切り分けがしやすく、
見通しがとても良い。
英語の勉強になる・・・
意外とArchを使っている人は少なく、日本語のブログでTIPSを公開している人は本当に少ない。
代わりに公式wikiが豊富なのだが、日本語の翻訳が進んでいないところもある。
必然的に英語でドキュメントを読まざるを得なくなる。
むしろコレは僥倖と思おう。
Archが英語学習の機会を与えてくれたのだ。
毎日がエキサイティング
明日、アップデートをしたらマシンが動かなくなるかもしれない…
wikiではアプリのインストールをする前に必ずアップデートを実施することと書いてあった。
アプリが最新ということは共通するモジュールも最新化されているので、アップデートをしないでインストールをすると不整合が発生してエライことに為る可能性があるらしい。
そうでなくとも最新をどんどん入れるのだから、バグも多く入っているだろう。
今のところ安定はしているけれど、なにが起こるかわからないこのドキドキ感を楽しもう。
幸いにも無駄なものは何もないディストロだ。
自分で構築した環境なのだから、影響度を測るのも他のディストロに比べてやりやすいと思う。
隅から隅まで面倒を見るのはスキルアップにつながるだろう。
Archは僕達の感覚を研ぎ澄まさせてくれる
Windowsがカップ麺、Ubuntuが袋麺だとしたら、Archは鶏ガラから仕入れて作る独自のラーメンだ。
ラーメンを一から作ることはラーメンに対する深い知識がつく。
同じようにLinuxについての深い知識もつくだろう。
PC初心者から変わりたい僕達の神託を伝えてくれるのはこのArchなのだ。