マナーより規約・生きているマナー、死んでいるマナー

突出したグラフは途中を省略するのがマナーです《Excelグラフはこのツボを押さえなさい》

「○○するのがマナーです」というテンプレートはよく燃えるね。

美しき紙(ネ申)文化!データとしての再利用を妨げる役所風「ネ申Excel」 – NAVER まとめ

はてなブックマーク – 「 ネ申Excel」問題 奥村 晴彦 ∗ 2013 年 7 月 12 日 概要 Excel 代表 表計算 ,簡便 入力・解析・可視化 , 柔軟 罫線 引 DTP 用 , 再利用 困難 複雑 帳票…

ネ申エクセル問題が話題になったから、特によく燃えた。

マナーより規約

このようなエクセルには、機械可読性ってのが低いそうだね。
VBAとかで読ませても合理的に判別できたり、誰がどうやっても間違いようがないような物でないと再利用も難しい。

一方、プログラミング言語には規則というものがある。

名前から、クラス名なのかインスタンス名なのか、メソッドなのか
どのような効果のあるメソッドなのかということや、

バグの温床になりやすい物を避けるようにすることが厳しく決まっている。

それは本当に合理的な理由によるもので、失礼のないようになどのような曖昧なものではない。

エクセルも、目的のわからないマナーなどではなく誤解を招くような表現を避けるとか合理的な理由による規約が出来ればいい。

生きているマナー 死んでいるマナー

そもそも、マナーってのはもともと何かしら意味があってのことなんだろう。

乾杯とか握手とかは敵意が無いという表現だったように、そういう意味があるマナーは生きているけれど、
昔からやっていたから今後もやって行こうなんていう存在意義が薄れているけれどもずっと続けているようなマナーは死んでいるマナーだ。

招待状のご欠席という部分に、『ご』を二重線で消して欠席に丸をつけるようなマナーなんて、どちらも気にしなければ全く問題ないようなものじゃないか。
当人たちがお互いに納得していればいいが、それは狭い範囲でやってほしい。

ともかく、理由が『マナーである』『昔からやっていた』という理由でしか無いならば強制はできない。
禁止はしなくともよいが強制はできないし、やらない人を責めるべきではない。

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