ド文系の僕がSEになって、恐らくうちの会社は交渉術とかエンジニアと営業の翻訳家のような仕事に付かせたがっているんだろうな
ということを感じる。
僕は文系、理系の大雑把すぎる切り分けは好きではないが、実際そういう区分法で高等教育も就職活動も成り立っているので
仕方ないのでそういうものだということで割り切っている。
IT業界というかSIerは業界外の人からは理系の人のハッカーみたいない人のプログラマが回している世界を思い浮かべるかも知れないが、文系大学出身者も必要とされている。
物を売るには営業が必要だし、営業が取ってきた案件をお客さんと交渉しながら具体的な形にしていくというジェネラリストをほしがっている。
そして中間業者が一番金を取るという世の中の理と同じように、この案件を取ってきて交渉をして人を動かすという仕事がもっとも金になるし、文系SEとして採用された者に会社が期待する着地点でもある。
僕はずっとコードを書いて、極めたいタイプなのだが、
会社はあくまでもそれは広い知識を蓄えるための準備期間としてしか見ていないし、
多くの開発言語、開発手法、開発環境は会社にとってはヤンマーの耕運機かYAMAHAの耕運機位の違いでしかみていないのかもしれない。
僕は農家じゃないのでヤンマー製がいいかYAMAHA製がいいかは知らない。
どちらでもいいじゃないかとも思う。
でも、生産者にとっては重大なことかも知れない。
作物を作る手法でもしかしたら各社の特性が生産性に影響するのかもしれない。
だが、流通業者にしてみたら卸売された作物を安く買って高く売るということが重要で、その生産手法は(オーガニックとかブランド価値がある物以外)特に気を配ることはないだろう。
僕がうちの会社に感じているのは、そういう中間業者的な視点でエンジニアを見ているということ。
開発手法や新しい言語はたくさんあるけれど、その中身はどうでもいい。案件をとって売るだけだ。
そういうビジネスの考えは正しいと思う。
だが僕はもっとコードに、現場に近いところに居たい。
数年前からのバズワードで、クラウドとかビッグデータなどもう耳にタコができるほど聞いているだろう。
だが、ビッグデータの案件を売っているのに社内からはR言語の話は聞かない。
Hadoopは若干聞くが、その中身について語るものはいない。
リアルタイムで分散で大手企業のどういう製品で、どういうフレームワークで素晴らしい製品でソリューションをなんたらみたいなそういう表面上のことしか社内では語られない。
スーパーが農作物の生産手法を知らないが、オーガニックとか良さそうという印象を与える部分は宣伝するように、
何かしらないが良さそうだという言葉は社内で最新情報として共有される。
開発言語も、何がいいとかそういう研究はされず、とりあえずJavaで通っている。
Javaは素晴らしいし、エンタープライズでの需要は確かにある。
その商流に乗るのはわかるが、ScalaやHaskellなど5年10年を見据えると関数型言語の流行りも来るのではないかと思うが
そういう新しい流れについては何も語られない。
COBOLのように安定していて、保守フェーズにまでもっていけば安定して金は稼げるだろうが、平均点のシステムを作って
本当に素晴らしいプロダクトを目指していないように思える。
多くの人が参加していれば「素晴らしさ」の基準について全員の意思共有は難しいし、ゴールも見えなくなる。
大勢でやる仕事ならばそういう安定して稼げるやり方をやるのは当然だ。
だが僕には物足りない。
開発言語は何でもいい。お客さんの求めるものを作ることが重要だ。
それは分かる。もっともだ。
だが開発言語は何でもいいわけは無いと僕は思う。
日本文学の多くは日本語だからこそ書き得たものだろう。
小説家の力が最も大きいが、それを構成する日本語自体がそれを形作って小説の世界を形作っている。
フランス文学はフランス語だからこそ成立した。
もちろん翻訳したものでしか外国の人は読めないが、それでも翻訳家がその印象を最大限保ったまま翻訳している。
翻訳された文体からでしかわからないが、各国固有の印象というのは違う。
文学の話は比喩でしか無いが、プログラミング言語もまた少なからず仕様に影響してくる。
バックエンドでどんな言語で動いているかなんてユーザーは気にしないだろうが、開発スピード・拡張性・実行速度などで差がでてくるだろう。
何よりも開発者が頭の中の仕様をコードに落としこむ時に、開発対象に適した言語であればより多くの機能が実現され、発注者が望んだもの以上のものになる可能性だってある。
だから、僕はより多くの言語を学び多くの多くの適切に最大限の開発をしていきたいのだ。
だが、会社はそういうことよりも製品の知識を身につけて欲しいと思っているようだ。
文系だからだろうか…
きっと求められているものと求めているものが違う。
本当ならWindowsなんて使わないで、Vimで禅をするように精神を集中してコードを書きたい。
会社は僕の発言をおそらく、簡単な仕事のまま次のステップに進みたくない人と思っていることだろう。
プログラミングは代替のきくライン作業のように思っているのか、上司に「プログラミングもそこそこに次のステップに行かなきゃダメだ」とか言われてしまった。
もう、ダーマ神殿にいく時期なのかもしれない。