教師のブラック企業並み労働環境は、古い体罰体質が残る原因の一つ

だいぶ前の増田だけれど、これを読んだ。

真剣に働いているつもりの教師の実態

教師の労働環境は相当酷いな。
ブラック企業と同じだ。

少し前に、脱社畜ブログさんでもこんな記事を書いていた。

現代の師は、師走でなくても忙しい:教員というブラックな職業

 

なるほど、教師の現場は効率化とは無縁で、やることが多く、勉強する暇もなく、事によっては本業すら疎かになるということが常態化しているようだ。

部活の顧問ともなれば土日も出勤になり、家に帰る暇も勉強する暇もない。
学校というのは外部の人と一緒に仕事をするということもあまりないだろう。
これでは現在の教育論とかマネジメント手法とか、教科書に書かれていない深い知識とかそういうものを吸収する場が無くなってしまう。

根性論や体罰による教育は古いというような情報も、その根拠となる理論や事例などを知ることもできないだろう。
全時代的な考えが残りやすい環境ではないか?
たとえ文科省なり教育委員会なりが、体罰とかパワハラなどの行為などを禁止する通知だけを出しても
単なるモンスターペアレントに対して及び腰になっているだけとか、そういう認識で受け止めることだって考えられる。
人間は自分が信じていた物を覆すのには時間がかかるわけで、ただ禁止とだけ言われても納得しないだろう。

だから、表面上は禁止にされていても見えないところで行為は続けられ、隠蔽されるようになるのかもしれない。
昔ながらの正しい事をして、時代が間違っていると思っている人もいるかもしれない。

余裕もなく、新しい風も入ってこないところでは意識改革するのも難しいだろう。

積極的に民間の部活用のインストラクターとか講師とかを入れたりして新しい風を吹かしつつ、
スタッフ職員を雇用して教員の稼働を本業に専念できるようにして、教師自身の勉強時間も確保できるようにしておいた方がいいだろう。

そして定期的に研修で新しい育成法とか、リーダー論とか、マネジメント法とかを学ばせるということが必要でしょう。

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