空気を読んでいる外交

中国人は面子を重視するといわれるけれど、今回のレーダーロックオン事件でも日本の捏造だと声を荒げているように、国家としての行動原理も面子になっているのだね。

日本人の行動原理はなんだろうと考えてみた。
それは空気だろうな。

例えば何か仕事での失敗が発覚してしまった場合。
たとえこちらに非がなくても、周りが謝罪を求める空気になれば、大体は空気を読んで謝罪をしてしまうのじゃないか?
うっかり空気を読まずに正当性を主張しようものならば、言い訳をいうなとか言われかねない。
しかし、謝罪をすると周りは納得という空気になる。
「まあ、許してやるか」空気が出てきたら、まだ不満を持つ人も拳を収めざるを得なくなる。

主張というのは結構難しいものだ。
掲示板やTwitterで、全体の流れの主張と違うことを言うと炎上させられてしまう。
議論は好まれず、全体と同じような事を言うことを訓練しなければならない。

ということも、日本国として行なっているのじゃないか。
そしてそれが諸外国に冷笑されているのじゃないか?

ええ、さっきの謝罪の喩え話でわかるとおもうけれど僕は当初から謝罪外交のことを考えていた。
日本では人はとりあえず謝ってまず全体の空気の流れにのり、衝突を避けて有耶無耶にすることをする。
それが外交にもきっと出てしまっているんだ。

だが、きっと外国では主張は言わなければならないし、非が無いことで謝罪してもその空気を読むことはしない。
非があることでも謝罪すれば弱みに付け込まれてしまうことだってある。
おそらく謝罪するにしても部分的にしたり、全面的に土下座することはないんだろう。

各国のメンタリティってのは結構その国の弱さになりうるかもね。
面子を重視する中国は、支離滅裂な主張をして国際的な立場を危うくさせる危険もある。
アメリカが高圧的にアメリカナイズさせる外交で多くの敵を作っているけれど、あれもそういうマッチョのようなメンタリティがあるんだろうなぁ。
イタリア人の適当さと陽気さ、フランス人のプライドの高さ、などもきっとその国の運営に影響しているのかな?

特に分析も何もしていないただの駄文なので、現状とはちがうかもしれないけれど
なにか面白いネタがあればコメントしていただければ幸いです。

 

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