老害と中二病

 

老害について

このブログを読んだ。

老害を、抽象的な考えができなくなり判断基準が経験のみになると定義していた。

老害というと、既得利権を手放さない高齢者層など様々な意味があるが、
この人の定義だと、考え方の硬化ということだな。

人は長く生きていれば様々な経験をするし、それが成功例であれ失敗例であれ後の行動に影響はでるわけだけれども
それにとらわれてしまっては正しい判断はできないぞってこと。

自分の経験が判断基準になると、行動のパターンも決まってくるし冒険もしないし
尖った部分がなくなってくるんだろうね。
ただし自分の価値観に反することには頑固。

 

若い人の痛い行動を中二病というが、ここで言う老害と真逆なんだろうなとおもう。

中二病は若いがゆえに経験はないが、新しく得た知識を試したりしたい気持ちがあったり、
上の世代から与えられた常識を疑って自分たちで変えていこうとする自立心があるんだろうね。

こうやって世代ごとに価値がグラデーションのように変わっていくんだろう。

個人的には老害=思考の硬化を避けたいところだが、
年を取れば経験や生活などに雁字搦めにされて意識的に変えていこうとしても難しいかもしれない。
特に一度成功したり、人からの評価や印象が決まってしまうとそれを覆すのは難しくなる。

これは何世代も続いた人間文化の営みなんだろう。

歴史を見ても、ある政治体制を築いた若い世代の戦いも
年月がたち腐敗して、後の世代に粉砕されるとか繰り返されてきたけれど、
世代間の価値観の違いはこの歴史の移り変わりの拡大図のようなものだ。

抽象的に論理的に考えたり、新しい価値観を受け入れたりすることは難しいかもしれないが、
少なくとも若い世代に判断を委ねる機会を与えられるようにはしたい。

 

 

スポンサードリンク

関連コンテンツ