甘やかして、世界で勝てるのか
ブラック企業として最近雑誌などで取り上げられているユニクロの社長のインタビューが載っている記事を読んだ。
ブラック企業であるという世論から逃げずにインタビューを受けるというのは恐れいった。
ブラック企業には故意に搾取するためにブラック化する意図的ブラック企業と
理想が暴走してブラックになる結果的ブラック企業があるとおもうが、
ユニクロは後者で結果的にブラック企業になったのだろう。
経営者と労働者のズレ
ブラック企業と言われている問題について柳井氏が語るインタビューだったが
ブラック企業だと言われている本質的な部分には触れなかった。
柳井氏は、古い企業のあり方を壊す理想を掲げていて、それに見合う強い意志を社員に求めているため結果的にブラックと思われていると言っているようだ。
ブラック企業と言われていることについて、
当然、セクハラやパワハラ、サービス残業は厳格に処罰しなくてはなりません。ですがそれらが本当に横行しているのであれば、もう会社やブランドがダメになっているでしょう。我々が本当に「ブラック」ならば、社員はもういないはずですよ。会社はダメになって発展しないでしょうし、社員も白けて仕事なんてしないはずです。
とブラック的な事例についての弁明は抽象的なことを語ったのみで終わった。
最近、ユニクロがブラックだといわれていることに
サービス残業や名ばかり管理職などが具体例で上がっていたが、そこについては全く触れていなかった。
参考:ユニクロ 疲弊する職場
これが、経営者と労働者のブラック企業に対する認識のズレなんだろう。
柳井氏は労働者や経営者のあり方など理想や信念も高く人にも自分にも厳しい人だろうが、
市井の人は理想だけで食っていけるわけもなく、最低限のルールを守って雇用してくれなければ体を壊すし、生活もできなくなる。
甘やかすわけではなく、せめて最低限の労基法は守らなければ、理想がどうあれ結果的に労働者は搾取される側になる。
また、
我々が本当に「ブラック」ならば、社員はもういないはずですよ。会社はダメになって発展しないでしょうし、社員も白けて仕事なんてしないはずです。
とあるが、その理屈はおかしい。
ブラック企業は社会問題として現に存在しているが、そのどれもが社員は白けて仕事を放棄しているわけではなく、
辛い労働条件に耐えて心身ともに不調を訴える人が多くいる。
こういったところも認識のズレがあるのだろう。
いくら厳しくしても、辛い人は嫌ならば辞めるだろうと思っているのだろう。
しかし一般市民は再雇用も難しく厳しくても無理をしてしまう。
また厳しい抑圧された環境にいることで逃げるという選択肢が出てこないという精神状態に追い詰められる場合だってある。
ユニクロの失敗はそういう労働者に対する楽観視があるのではないか?
ハイスペックな人基準は危険
後半に、朝から晩までアルバイトと勉強に明け暮れた中国人の幹部について語っていた。
我々もそうあるべきであるそうだ。
時間は有限で、勉強をすればバイトはできないし、バイトに明け暮れたら勉強もできない。
両方全力できる人は稀だろう。
たしかにそういうハングリー精神を持つ人は経営者に向いているだろうし、すごいポテンシャルをもっていて
本当に素晴らしい人だと思う。
だけれども、そのような素晴らしい人を基準にしてもその体制はいずれ破綻するのではないか?
人間には色々な性格の人がいるし、できることも違ってくる。
”25歳くらいまでに基本的な考え方を決めて、努力を重ねて35歳くらいで執行役員になる。そして45歳くらいでCEO(最高経営責任者)になる”
という人材像を全社員に求めてもそう成れる人数は少ないだろう。
そのような人材は絶対数が少なく、労働者の価値も高い。
特にユニクロのような労働集約型の企業では社員数が少なくなるだろう。
ガンダムとニュータイプだけ集めてジオン軍に勝とうとしているようなものだ。
ガンダムは高いし生産に時間がかかる。ニュータイプは絶対数が少ない。
ジムとオールドタイプにリックドム12機を三分で全滅させろと言っているようなものだ。
よしんばガンダム一個師団に全パイロットニュータイプが実現できたとしても、その費用は膨大なものだ。
つまり、ハイパフォーマンスな人材だけを求めてもそれに見合う効果というのは経済的に薄くなる。
そして代えのない人材ばかりであると企業としても余裕のある経営ができなくなる。
むしろ、様々な人材でも同じようなクオリティが求められる体制を築けるがどうか、
その上でハイパフォーマンスな人が埋もれず実力を発揮できる体制にするべきだと思う。
CEOになれるような人は一握りだし、むしろ会社内に多く居られたら困る。
自己判断ができるのはいいことだが、リーダーばかりで意思決定に支障がでるだろう。
また、ハイパフォーマンスな人でも常に勉強や厳しい労働には耐えられないけれど閃きをもつタイプの人というのもいるだろう。
そういった人たちももしかしたら疲弊して辞めてしまっているかもしれない。
理想は結構だが、独善的な理想により若い社員を無駄に離職させることは企業にとっても機会損失だ。
このように理想にあう人材ばかりではそれに合わない人は疲弊していくだけ、
むしろそういう人もひっくるめて企業全体でポテンシャルをあげていけるような手腕が必要なのではないだろうか。