以前こんな記事を僕は書いた。
お客様のための過剰なサービスが自分の首を絞める
今回都営地下鉄が24時間運行を計画しているという事を聞いて、
これも我々の首を絞めるような気がしてならない。
この件に関しては絶対に反対だ。
確かに、夜遊んで帰りたい独身層にはメリットはあるだろう。
変則的なシフト制で働いている人も帰宅できるタイミングが増えていいかもしれない。
だが、多くの人が荷重な労働を強いられる可能性も忘れてはならない。
してはならない事と、できない事の差は大きくて、
時間外労働や深夜の残業はしない方が良いとされていても、なんだかんだで無理強いさせられてさせられてしまうことがある。
一方、できない事はどんなに無理を言ってもできないことはできない。
深夜に電車は動かないからそれまでに帰宅させなければならなかった。
タクシーやホテルとかがあるけれど、残業命令を出した以上は払うのは会社だから割にあわないから事実上できない事と一緒だろう。
だが、24時間運行になれば今までできない事であった24時以降の時間外労働も頼み込めば可能になってしまう。
できない事ではなく、してはならないことにはなっていてもできる事になるのだ。
もちろん今までもタクシー自腹で終電後も残業を強いるブラック企業もあるにはあるが、
そこまでドスブラックではない軽ブラック企業でもカジュアルに25時以降の仕事も割り当てられるようになってしまう。
便利さは末端への皺寄せを容易にさせる
携帯電話やパソコン、インターネットが普及してから家で仕事が可能になった。
休暇中でも社員を呼ぶことが可能になった。
今まではそれほどまで必要ではなかったけれども、簡単に呼び出しや会社外での仕事ができるようになったためそれが当たり前になった。
すると仕事というのは家でもするし、休暇中でも仕事をする可能性があるものになる。
24時間コンビニがなかった頃は24時間営業の店がなくても問題はなかった。しかし24時間営業が始まってしまうと夜中に仕事や遊びができるようになり、そして夜型人間がふえるようになる。
結果24時間営業の需要ができてしまう。
すると24時間営業がスタンダードになり、コンビニでもカラオケでもスーパーでも本屋でも夜中に働く人が出てくる。
もちろん元々夜型の人にとってはありがたいのかもしれないが、今までそうでなかった人にまで影響がでてきている。
このように、便利な仕組みが出来た当初はいいが、次第にそれがスタンダードになると以前より仕事や生活の難易度が上がる。
ブラック企業の外部への影響ににている。
一社が不当に安い賃金で沢山働かせ激安商品を売ったらば、同業他社も追従するしかなくなる。
そのように便利さの裏には負のスパイラルがある。
そして皺寄せがくるのは末端社員であったり、一般市民であったりするのだ。
事実上できない仕組みへ
不当な労働をしてはいけないけれどやろうと思えばできるのではなく、できない仕組みを作るべきだ。
パソコンやネットが普及して家に持ち帰って仕事ができるようになったけれど、多くの企業ではそれを今やっていない。
社員の生活のためなのならばいいけれどそうではなく、理由は情報漏洩だったり会社資産のPCへマルウェアが入ったりするリスクがあるからだ。
外でやらせるよりもリスクのほうが多くてやらなくなった。終電後も残業させようとしてもタクシー代が高いから終電までに返すのと同じだ。
このように、やろうとしても割に合わないようにすることがいい。
脱社畜さんで紹介されていたけれど、海外だと終業後11時間以内に働いてはいけないらしい。
このような制度が出来ればいいが、
時間外労働だって労働基準法に書かれているように36協定をだせば、時間外労働は事実上制限なしになっているから、制度があっても努力目標のような法律になるのが関の山ではないかと僕は悲観視している。
とにかく、24時間運行の前に
時間外労働に厳格な基準を設けて、違法企業には行政罰や刑事罰で事実上荷重な時間外労働ができないような仕組みをしなければ
負のスパイラルに労働者は巻き込まれてしまう。