他人の視点に立つよりも、自分の意見を言える方がいい。

従業員に、「経営者の目線で仕事をしろ」と言う経営者が最近多いそうだ。
それに対して様々なブログで批判がされている。
それに関連して今日ふと思ったことがあるので書いてみる。

授業員に経営者目線で仕事をしろという言葉と反対に、
現場では「社長は現場のことを何もわかっていない」というように、経営者が従業員目線であるべきという現場の声もある。

経営者目線従業員が経営者達に賞賛されるように、
従業員目線経営者も良い経営者だと一般社員に慕われている。

庶民派の政治家が好まれるが、
政治家たちも自分たちの政策に肯定的な同じ考えの庶民が大好きだろうね。

このように自分の立場を分かってくれる人たちというのは誰だって好んでしまう。
それは良い。好き嫌いは自由だ。

自分の意思ならば、庶民派になるのだって、経営者目線社員になるのだって、現場主義の社長になるのだってその人の方針なのだからそれはそれで一つの正解だ。

だけれども、
政治家は庶民派である『べき』
従業員は経営者目線である『べき』
というように第三者に強制するような言説には疑問を覚える。

それぞれの立場にはそれぞれの見えるものが有って、守るものがある。
自分とは違う立場の視点に立つべきであるというべき論は、その人たちの立場を蔑ろにしている。

そのための仕組み

では、各々が自分の欲求のまま利益を追求していいのか?
経営者は従業員のことを考えずに好き勝手に使い捨てていいのか?
従業員は経営のことを考えずに非効率且つ高給になるようにカラ残業やカラ出張をしていのか?

勿論そういうわけにはいかない。
そうならないために様々な仕組みがあるじゃないか。
経営陣の暴走に対して、従業員は交渉をしたりストライキをすることができる。
経営者は従業員に対して命令や昇給などで報いることができる。特に酷い社員には懲戒解雇なども使うことができる。

各々の立場があるけれど、それらが好き勝手にしないように法律がある程度は整っていて
どうしても争いが治まらに時には裁判がある。

それぞれの立場や役割があって、それがお互いに相反し得るものというのはあるという前提で社会は成り立っている。
その上でお互いの主張の最大公約数的なところで決まりが定まってくる。
一部の人の暴走というのも抑えられるわけだ。

別の階層の立場に立つよりも、自分の主張を言える人のほうが健全では?

人の事を思いやることというのは美徳とされているからだろうか、争いごとを避ける傾向の人が多い。
だが、争いごとの上に法律や規則が決まっていく。
健全に組織を回すためには理性的に争わせる事というのは必要ではないか。

それが自分の立場で主張をするということだろう。

従業員が経営者目線で仕事をした場合、従業員目線というものは蔑ろにされる。
経営者の好きなことができてしまうが、従業員目線の主張もできるのならば労使間での利益のバランスも保たれる。

労使間だけでなく、横の繋がりでも同じことがいえる。
同じ従業員でも組織が違えば違いところを向いているが、それぞれの立場で意見が言えればそれぞれのバランスも保たれる。
閉塞されたセクショナリズムも少しは解消されるのではないか?

経営者の意思決定が邪魔をされてビジネスにスピードが出ないという側面もあるが、
従業員の意見は会社のエンジンの計器類みたいなもので、無理なく遂行できるのかとか
内部の組織間でのやり取りは円滑にできるのかなど見えてくるところがあると思う。

よって僕は、
「従業員は従業員目線で意見を言えるほうがいい」と思っている。

庶民派の危険性

また、従業員目線社長や庶民派政治家についても健全さでは僕は疑問を覚えている。

一般市民や従業員とひと括りにしてはいるが、全員が全員同じ意見を持っているわけではなく、
それぞれの立場で全然違う方向を見ている。

庶民派にしても従業員目線にしても、どこかしらの立場に偏って肩入れしてしまうだろう。

だけれども、庶民派や従業員目線というのはその印象だけでいい印象を与えてしまい。
どこが得をして損をするのかが見えづらくなってしまう。

それに、結局は政治家や経営者のほうが力が強い。
アクセスできる情報に格差があるので、経営者目線の従業員を増やしても経営者側が好きなようにできるし、
従業員目線の経営者になったとしても従業員の与り知らぬ所で好きなことをしているかもしれない。

その良い印象に隠されてしまう部分というものがあるかもしれない。

我々の側の視点に立ってくれる人よりも、自分の意見を言える人のほうが宝

人は自分と同じ視点に立ってくれる人というのを好むところがある。
自分と同じ考えである人のほうが安心するし、楽ではある。

逆に、批判してくる人というのは怖いし、自分を否定しているようで避けたい。

そういう気持ちは誰にでもあるけれど、本音で自分の意見を言える人というのはお互いの立場を鮮明にするし
隠れた問題点もみえてくる。
建設的な議論というのもできてくる。

だからこそ自分の意見というのは言ったほうが良い。

 

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