『おっさんが水商売の店に行く理由』を読んで共感できなかった話

 

おっさんが水商売の店に行く理由というのが、はてブで上位に載っていたので読んでみた。

書いた人は40代で、中年の辛さを20代に対して警鐘を鳴らしているのだけれど、
僕とは違ったタイプなので全くその辛さというのは伝わって来なかった。

この手の話は結局、人それぞれなんだけれども
この話に当てはまる人はリア充が多いだろう。

スナックに行く事自体はいいことだとおもうよ。
僕年上の女性好きだし、楽しそうだしね。
ただ、男の誰もがこの人のいう悲観的な人生になって、そしてスナックに逃げ込むという考えは疑問がある。

リア充の成れの果て?

DTをこじらせるという事はあるが、
リア充をこじらせるとこういうタイプになるのだろう。

輝かしいリア充が、重力崩壊をして白色矮星になったかのようなそんなふうに見える。

リア充は友達も沢山いて、いつも出かけたり遊んだり飲んだりと忙しい。
真のリア充は一人でも耐えられるのかもしれないけれど、
凡人のリア充は、少しでもつながりが薄れると辛いのかもしれない。

若い頃から空気を吸うように、可愛い子とおしゃべりをして、楽しい時間を過ごして、お金も自由に使えるようなそんな暮らしをしていれば
そのうち状況が変われば耐えられなくなるだろう。

僕はあいにく非リア充で、彼女でない女の子と食事をしたことなんて片手で数えるほどしかないし
友達と飲みに行ったのなんて、30回未満かもしれない。
そのかわり、読書や映画、絵画鑑賞、プログラミングに余暇を費やしてきた。
だから、今後飲みに行く人数が増えることがないとしても減ることもない。そもそもゼロにちかいからね。

そもそも、彼女以外の女の子で遊びにいくようなこともないので
中年になるにつれて女の子と遊べないという焦燥感もない。
もともと多くのものを持っていないので、失う恐怖も少ない。

リア充になってサニーサイドを歩く若い時代というのもそれはそれでいいかもしれないが、
ヘタをするとこのような一人に耐えられない人になってしまうかもしれない。

リア充の成れの果ての結婚観

この人の結婚観も共感できない。
なんというか、不幸な結婚されましたね…という事しか思わない。

この人からは共に育児や家事をする雰囲気が感じられない。
そりゃぁ沢山仕事をしている人には難しいかもしれないが、
育児や家事の問題意識を共有しておけば限られた時間を協力して作ったりして楽しむことができるのじゃないか?

この人はきっと色々な恋愛戦争を勝ち抜いてそして結婚した人なんだと思う。
だから、きっと一時期はモテた。おそらく奥さんもきっと華やかな人だったんだと思う。

だからこそそのモテた時代の矜恃がこの人を家庭から遠ざけて、奥さんもまた対外的なイイ顔の反動を夫に愚痴っているのだろう。

ちなみに僕は学生時代から10年間も一緒に住んでいる人と結婚したので、
趣味は完全には一緒ではないが、似たような会話もある。
相手の話を聞けば僕の話も聞いてくれるし、お互いに我を主張する関係ではないので
お互いに華やかなモテ時代はなかったけれども、平穏でいつでも帰りたい家庭にはなっている。

これに当てはまる人へ

話を全肯定できいてくれるという事を魅力にあげていたけれど、
人に特別扱いされたいという事だ。
つまり、どうにかして人に特別扱いされて繋がっていたいという人がこの人が鳴らす警鐘の対象なんだろう。

だけれども、この人は男が全員40過ぎたらそうなるみたいなこと書いてあるけれど、
結婚がうまく行かず、それでも若い頃のように人に特別扱いされたいという人だけでもないし、
そうしなければ死ぬわけでもない。

こういう特別扱いされたい人も、違う趣味とかしたり、育児や家事を協力して奥さんに歩み寄ったり、
そういうことをして悲観的な人生を少し良くしたほうが生産的ではないか?

人は一人では生きていけはしないが、不特定多数の人に必要とされることはできないのだから
せめて家庭ではお互いに必要とされる夫婦になれるように歩み寄れればいい。

『ツァラトゥストラはかく語りき』から引用されているが、
ただ悲観的な人生をニヒルに捉えたから引用したのかね。
でも、神は死んだからこそ、人は強く生きなければならないのだ。

あと4000円は高すぎる。
月1万円の小遣い(!!)の僕ではやっていけないし、月1万円が本や趣味に消えるので完全に赤字になる。
飲みに行くくらいなら、本買うわい。

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